大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和50年(ヨ)621号 決定 1975年12月08日

申請人

山基建設株式会社

右代表者代表取締役

山田基春

右代理人弁護士

高橋信

外一名

被申請人

武蔵野市

右代表者市長

後藤喜八郎

右代理人弁護士

中村護

外二名

補助参加人

大熊明

外九名

右補助参加人ら一〇名代理人

弁護士

楠本安雄

右当事者間の昭和五〇年(ヨ)第六二一号上水供給等仮処分申請事件につき、当裁判所は申請人と被申請人間については申請人勝訴部分に限り申請人が保証として本決定告知の日より一〇日以内に金二〇万円またはこれに相当する有価証券を供託することを条件として、左のとおり決定する。

主文

一、被申請人は申請人に対し別紙物件目録記載の建物につき仮に水道事業による水の供給をせよ。

二、申請人のその余の申請を却下する。

三、本件各補助参加の申出をいずれも却下する。

四、申請費用中申請人と被申請人との間に生じた部分は被申請人の負担とし、申請人と補助参加人らとの間に生じた部分は補助参加人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、申請人

申請人は主文第一項同旨ならびに被申請人は申請人に対し申請人が別紙物件目録記載の建物につき仮に公共下水道事業による公共下水道を使用することを承認せよとの裁判を求めた。

二、被申請人

申請人の申請を却下するとの裁判を求めた。

第二  当事者の主張

一、申請の理由

1、申請人は不動産の売買、賃貸、仲介、管理および住宅開発全般に関する業務を目的とする会社であり、昭和四九年に別紙物件目録記載の建物(賃貸および分譲マンションで戸数一六戸、以下本件建物という)の建築事業計画を建て、これに基づき東京都多摩東部建築指導事務所に建築確認申請をし、同年一二月七日建築主事西村梅夫から本件建物の建築確認通知がなされた。

2、被申請人は昭和四六年一〇月一日から「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(以下単に指導要綱という)を施行し、中高層建築物を建築する事業者に対し指導要綱に定められた左記(一)および(二)の手続(以下条件手続という)を履行するよう行政指導し、また指導要綱には指導要綱に従わない事業主に対して市(被申請人)は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある(以下給水等の制限措置という)と定められている。

(一)、建築物による日照の影響については付近住民の同意を得ること。

(二)、建築計画が一五戸以上の場合は、事業主は建築計画戸数(一四戸を控除した戸数、以下同じ)一九〇〇戸につき小学校一校、建築計画戸数四二〇〇戸につき中学校一校を基本として、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建築に要する費用を負担するものとする。

(なお、本件建物については右市が定める基準によれば建築戸数一四戸を越える二戸分合計一〇八万八〇〇〇円を被申請人に寄附すべきこととなる。)

3、申請人は新和建設株式会社との間で本件建物についての建築請負契約を締結し、被申請人から工事用水の供給があれば直ちに右会社が建築工事に着工できるよう準備するとともに、条件手続の(一)についてはこれまで本件建物の付近住民と話し合つてきたが未だその同意を得るに至つておらず、条件手続の(二)については寄附する意思がなかつたことから、昭和四九年一二月一七日付書面をもつて被申請人に対して本件建物につき超過戸数二戸分合計一〇八万八〇〇〇円を寄附する意思のないことを明らかにし、被申請人において給水等の制限措置を採るか否かを問い合せたところ、被申請人は同措置を採ることがあると回答した。

その後も申請人は被申請人に対し度々給水を求めたが、被申請人はその都度申請人が指導要綱を遵守していない段階では給水できないと回答するだけであつた。

4、以上のような交渉の推移により工事用水の供給さえいつ実施されるかわからない状況であつたため、申請人は工事遅延によつて生ずる回復し難い損害を避けるためやむをえず申請人がかつて建築した本件建物の近隣に所在する共同住宅から工事用水を引き、昭和五〇年五月六日前記新和建設株式会社に本件建物の建築工事に着工させ、現在内装工事の仕上げ工事中であり、同年一一月末日完成する予定であるが、被申請人は現在に至るも申請人との間の給水契約の締結を拒み、また申請人には公共下水道を使用させない旨明言している。

5、しかしながら、水道法一五条一項によれば、水道事業者は事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは正当の理由がなければこれを拒んではならないと定められているところ、指導要綱に定められた給水等の制限措置条項は助言ないし規制を受ける者の同意を前提とする行政指導の限界を著しく越え行政の法律適合性の原則に反するものであつて、かかる条項を根拠として公営水道の利用制限を行うことは到底右正当の理由に当るということはできず、被申請人は申請人の給水契約の申込みを拒むことはできない。

また公共下水道の使用関係についても、下水道法は下水道管理者に下水道の使用を積極的に制限する権限を与えていないから、申請人は公共下水道を使用できる権利がある。

6、保全の必要性

申請人は本件建物を分譲、賃貸マンションとして建築したものであるところ、被申請人が本件建物につき給水契約を締結せず、また公共下水道の使用を制限しているため、売買あるいは賃貸借契約の締結やその履行ができず、本案判決の確定をまつていては倒産等回復し難い損害を被ることになる。

7、よつて、申請人は給水請求権および公共下水道使用権に基づき申請の趣旨記載の裁判を求める。

二、申請の理由に対する認否および反論

1、認否

(一)、申請の理由1、2の各事実は認める。

(二)、同3の事実中、申請人が新和建設株式会社との間で本件建物についての建築請負契約を締結し、被申請人から工事用水の供給があれば直ちに右会社が建築工事に着工できるよう準備したことは不知、その余の事実は認める。

(三)、同4の事実中、被申請人は現在に至るも申請人との間の給水契約の締結を拒み、また申請人には公共下水道を使用させない旨明言していることは認め、その余の事実は不知。

(四)、同5の主張は争う。

(五)、同6の事実は否認する。

2、反論

(一)、地方公営水道および公共下水道の利用関係はいわゆる公の営造物の利用関係であり、公法上特殊の規制を受けるものであつて、一般にその利用関係は公法関係とみるべきであるから、かかる利用関係につき民事訴訟法所定の仮処分命令をなすことは許されない。

(二)、被申請人が制定施行した指導要綱は環境保全、日照保護等に関し、住民と建築事業者等との利害を調整するうえで必要不可欠の自然法的規範であり、指導要綱の違反者に対し給水契約の締結を制限することは、水道法一五条一項所定の正当の理由に該当する。また公共下水道の自由使用の範囲は下水道管理者の定めるところによるものであるから、被申請人が指導要綱の定めにより下水道使用の自由を制限することは適法である。

(三)、申請人から被申請人に対し給水契約の申込みがなされたとしても、被申請人は申請人主張のとおり受諾の意思表示をしていないのであるから、いまだ申請人と被申請人との間には給水契約は成立しておらず、したがつて申請人は給水請求権を取得していないので被保全権利が存在しないことになる。

(四)、以上のとおり、申請人の本件申請はいずれも理由がない。

三、補助参加人ら(以下単に参加人らという)は参加の趣旨および理由として、次のとおり述べた。

参加人らはいずれも申請人が建築中の本件建物の周辺に低層の住居あるいは住居兼店舗を所有または賃借してこれに居住しているものである。本件建物の周辺地域は従来ほとんどが同種の低層建築物によつて形成されてきたので、参加人らは冬季にあつてもほぼ完全な日照が得られ、風害やブライバシー侵害の心配もない快適な生活環境を享受することができた。

しかるに、本件建物の建築により参加人らの日照、採光通風などの生活利益は大幅に侵害され、圧迫感や電波妨害などの被害も被つている。参加人らは申請人が少くても参加人らが被つた右各種被害の補償その他の善後措置を講ずるまでは本件建物の建築に同意しないものであるところ、申請人は参加人らとの交渉において何ら誠意ある回答を示さず、指導要綱を無視して建築を強行し、さらに本件仮処分申請に及んでおり、仮に本件仮処分申請が認容されれば、住民の保護を重要な目的とする指導要綱が無視されることとなり、参加人らは前記日照等の被害を甘受しなければならなくなる。このように参加人らは本件仮処分の成否につき重大な利害関係を有するものであるから、被申請人を補助するため参加の申出に及ぶ。

(なお、仮処分申請の理由に対する反論としての参加人らの主張の要旨は、その中に被申請人の前記反論以外に新たな主張があるとは解しかねるから、ここに別に摘示することをしない。)

四、申請人は参加人らの補助参加の申出に対して次のとおり異議を述べた。

申請人が本件仮処分申請事件で求めるものは水道事業による水の供給および公共下水道使用の承諾であるから、参加人らが主張する日照等の権利侵害は本件仮処分申請事件の結果に何らの利害関係もなく、補助参加の理由とはならない。

第三 疎明<略>

理由

一申請の理由1、2の各事実ならびに申請人は条件手続の(一)についてはこれまで本件建物の付近住民と話し合つてきたが未だその同意を得るに至つておらず、条件手続の(二)については寄附する意思がなかつたことから、昭和四九年一二月一七日付書面をもつて被申請人に対し本件建物につき超過戸数二戸分合計一〇八万八〇〇〇円を寄附する意思がないことを明らかにし、被申請人において給水等の制限措置を採るか否かを問い合せたところ、被申請人は同措置を採ることがあると回答したこと、その後も申請人は被申請人に対し度々給水を求めたが、被申請人はその都度申請人が指導要綱を遵守していない段階では給水できないと回答するだけであつたこと、被申請人は現在に至るも申請人との間の給水契約の締結を拒み、また申請人には公共下水道を使用させない旨明言していることはいずれも申請人と被申請人との間に争いがなく、疎明によれば、申請人は昭和五〇年四月一五日新和建設株式会社との間で本件建物に関する建築請負契約を締結し、同会社は本件建物の近隣に存在するかつて申請人が建築した共同住宅から引いた工事用水を用いて本件建物の建築工事に着工し、昭和五〇年一一月二六日(第二回審尋期日)当時内装および外装の仕上げ工事段階(九五パーセント程度の完成状態)にあり、同年一二月一〇日には入居可能な程度に完成する予定であることの各事実が一応認められ、右認定を覆えすに足りる疎明はなく、また本件建物は水道事業者である被申請人が事業計画で定めた給水区域内に存在するとともに、公共下水道の管理者である被申請人が事業計画で定めた排水区域内に存在することは審尋の全趣旨から明らかである。

二被申請人は公営水道および公共下水道の使用関係はいわゆる公の営造物の利用関係であり、公法上特種の規制を受けるものであつて、一般にその利用関係は公法関係とみるべきであるから、かかる利用関係につき民事訴訟法所定の仮処分命令をなすことは許されないと主張するので、先ずこの主張の当否について判断する。

三公営水道使用の法律関係

水道事業は「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的とする」(水道法一条)ものであるが、現在において水道は国民生活に直結し、その健康で文化的な生活を守るために不可欠のものであるため、法は水道事業については自由競争にまかせず、地方公共団体たる市町村に対し実質上優先的に水道事業者となる途を開き(同法六条二項)、その使用関係についても種々の監督規制を加え(同法一四条四項四号、一五条一項等)ており、また本件のように水道事業者が地方公共団体である場合にはその水道事業が一種の公共用営造物であることは明らかであるから、公営水道使用の法律関係は典型的な私法上の当事者関係とはかなり異質な面を有することは否定できない。

しかしながら、公営水道等地方公共団体が住民に対し財貨またはサービスを提供するいわゆる給付行政においては、行政主体たる地方公共団体は社会、経済、文化の各方面にわたつて住民の生活の福祉を積極的に向上、増進することを目的とするのであつて、行政主体が優先的な意思の主体として住民に対し公権力を行使することを本質とするものではないと解せられること、水道法一四条四項一号がいわゆる原価主義を採用していることから水道事業における一定量の水の供給とその料金の支払いとは相互に対価関係に立つものであり、その点において私法上の双務契約と性質を異にするものではないと解されること、同法一五条一項では「給水契約」なる文言が使用されていることから同法は水道事業者と需要者との関係は対等な立場であることを明言していると解されることから、公営水道使用の法的性格は私法上の当事者関係であると解するのが相当である。したがつてこの点に関する被申請人の反論は理由がない。

三公共下水道使用の法律関係

下水道事業は「下水道の整備を図り、もつて都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与し、あわせて公共用水域の水質の保全に資することを目的とする」(下水道法一条)ものであり、現在において下水道は国民生活に直結し、その健康で文化的な生活を守るために不可欠のものであるため、法は下水道事業については自由競争にまかせず、地方公共団体たる市町村だけにこれを許しており(同法三条一項)、その使用関係についても種々の監督規制を加えており、またその下水道事業が一種の公共用営造物に含まれ、地方公共団体が住民に対し財貨またはサービスを提供するいわゆる給付行政に属していることから、前記公営水道の場合と類似した性格を有する面があることは否定できない。

しかしながら、公共下水道事業と公営水道事業とを対比すれば、事業主体については公営水道の場合は地方公共団体たる市町村が実質上優先的に水道事業者となる途は開かれているものの、法の建前としてはその経営を地方公共団体の独占事業とはせず何人も事業計画を定めて厚生大臣の認可を受ければこれを経営することができるものとしている(水道法六条、七条)のに対し、公共下水道の場合は地方公共団体の独占事業としている(下水道法二条一項)こと、住民の利用方法についても公営水道の場合は事業者と需要者との契約関係によらしめるとともに給水区域内の住民に対し給水の申込みを強制するような仕組みを採つていないのに対し、公共下水道の場合は住民が公共下水道を使用するについては管理者たる地方公共団体の承諾や許可等を何ら必要とせず、かえつて排水区域内の住民であることにより事実上当然にその使用を強制される(同法一〇条一項)ことから明らかなようにその使用関係は事業者と需要者との契約関係に基づくものとは到底考えられないことなどを併せ考えると、下水道事業と水道事業とはひとしく地方公共団体が事業主体としてこれを行う場合ではあつても、その法的性格を全く異にするものであり、下水道の法的性格はあたかも一般交通の用に供することを目的とした公道に近いものというべきであつて、住民による公道の通行などと同様に排水区域の住民は他人の共同使用を妨げない限度でその用方に従い自由に右下水道を使用することができるものであり、その使用関係は契約関係に基づくものではなくいわゆる公共用営造物の一般使用の関係であり、その法的性格は公法関係で事業主である地方公共団体が公共下水道の使用を制限する行為はいわゆる公権力の行使に該当すると解するのが相当である。

四したがつて、本件仮処分申請のうち申請人が被申請人に対し公共下水道使用の承認を求める部分は、先ず前記のとおり住民が公共下水道を使用するについては管理者たる地方公共団体の承諾や許可等を何ら必要としないものであり、これは申請人が被申請人の管理にかかる公共下水道を使用する場合でも同様であるから、不必要な被申請人の承認を求めるものとして仮処分の必要性がないものといわなければならず、仮に右申請部分が申請人の公共下水道使用に対する被申請人の妨害を排除することを求める趣旨をも包含していると解されるとしても、前記のとおり公共下水道の使用関係は契約関係に基づかない公法関係であつて、事業主体である被申請人が申請人の公共下水道使用を制限する行為はいわゆる公権力の行使に該当すると解されるところ、行政事件訴訟法四四条によればかかる公権力の行使に該当する行為については民事訴訟法所定の仮処分をなすことは許されないのであるから、結局申請人の右申請部分は理由がないといわなければならない。

五そこで次に、水道法一五条一項によれば「水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込を受けたときは、正当の理由がなければこれを拒んではならない。」と定められているところ、指導要綱上一定の条件手続が定められ、指導要綱に従わない事業主に対し給水等の制限措置を採ることができる旨の規定があり、その規定に従つて給水契約を拒むことが右水道法所定の「正当の理由」に該当するか否かについて判断するに、行政庁が国民に義務を命じ、あるいは権利自由を制限または剥奪する権力行為を行う場合には法律の根拠があることを要すると解すべきところ、指導要綱は条例や規則のように正規の法規ではなく、また法律上の根拠に基づいて制定されたものでもないことから、関係業者等に対し指導方針を明示したものにすぎず、行政上の法律関係において直接的な強制力をもつものではないと解するのが相当であり、したがつて指導要綱に定められた前記規定に従つて給水契約を拒むことが直ちに前記「正当の理由」に該当するということはできず、給水契約を拒むに至つた原因事実につき具体的に正当の理由に該当するか否かを判断すべきであると考えられる。

しかして、本件においては被申請人は申請人が条件手続(一)、(二)を遵守しないことを理由に給水契約の締結を拒んでいることは前記のとおりであるので、先ず条件手続(一)について考察するに、同条件手続は当該建築物の近隣住民の日照権を保護するためその同意を得ることを定めたものであつて、その主眼はむしろ建築制限にあり、本件のごとく適法な建築確認の下に建築工事に着工され九五パーセント程度完成している場合には、既にその日照権は建物の存在自体によつて侵害されているのであるから、他に本件建物が直ちに取毀されるべき法律関係の存在等特段の事由がない限り(これらの事実を一応認めるに足りる疎明はない)、同条件手続を遵守しなかつたことが直ちに本件建物についての給水契約の申込みを拒む正当の理由に該当すると認めることはできない。

次に条件手続(二)について考察するに、同条件手続は学校用地あるいはその取得費や学校建築費用の確保のため結局本件においては超過戸数二戸分合計一〇八万八〇〇〇円を被申請人に寄附すべきことを要求するものであるところ、憲法二九条三項が「私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる」と規定した趣旨からして、たとえ健全なる環境保全のため学校用地等が必要であつたとしても地方公共団体が無償で寄附を受けるがごときは、完全な自由意思の発動を妨げない限度でこれを勧奨することは格別これを強制することは許されないといわなければならないから、同条件手続を遵守しないことが直ちに前記正当の理由に該当するとは到底考えられない。

なお、事業主が措導要綱に違反して建築を強行した場合、違反した行為が個々的には前記正当の理由に該当しない場合ではあつても、それらの違反行為の性質、内容、態様や違反行為をなすに至つた経緯その他諸般の事情を併せ考えれば給水契約の申込みをなし承諾を強要することが権利の濫用となる場合もあり、かかる場合にはもちろんその承諾を拒むことは右正当の理由に該当すると認めるのが相当であり、本件においては疎明によれば申請人は本件建物の建築工事が着工された際には将来被申請人から給水契約の締結を拒まれ、公共下水道の使用を制限されることを知悉していたことが一応認められ、工事用水の供給さえないのに自らがかつて本件建物の近隣に建築した共同住宅から工事用水を引いて建築を強行したことは前記のとおりであるものの、他方疎明によれば申請人は条件手続の(一)については全く付近住民の同意を得るため努力をしなかつたのではなく付近住民との会合を数回開いたりしてその同意を得ることに努めた事実を一応認めることができる(申請人が条件手続の(一)につき付近住民と話し合つてきたことは申請人と被申請人との間に争いがない)反面、右のような努力にもかかわらず同意が得られるに至らなかつた経緯などを明らかにする疎明は何もなく、また条件手続の(二)についてもそのような寄附制度が採られるに至つた経緯や寄附制度の必要性などを一応認めるに足りる疎明も全くない本件においては、前記事実のみをもつて到底申請人のなす給水契約の申込みが権利濫用に該当すると認めることはできない。

六以上のとおり、被申請人は申請人がなす本件建物についての給水契約の申込みに対し承諾すべき義務があることは明らかである。

ところで、疎明によつても申請人はこれまで所定の手続に従い正式に給水契約の申込みをしたか否かは必ずしも明らかではないが、他方疎明によれば需要者が被申請人に対し給水契約を申込むためには所定の書面によるなど特別な様式が定められているわけでなく、いわゆる不要式行為であると一応認められるのであり、しからば遅くとも被申請人に対し給水を求める本件仮処分申請書副本が被申請人に送達された昭和五〇年一一月一二日(この点は記録上明らかである)に正式な給水契約の申込みがなされたと認めるのが相当である。

しからば、水道事業は前記のような目的を有し、国民生活に直結し、その健康で文化的な生活を守るためには一日たりとも不可欠のものであることを勘案すれば、需要者の給水契約の申込みに対し水道事業者が全く正当な理由がないのにこれを拒んだ場合には、右申込がなされた日に給水契約が成立したと認めるのが相当である。

なお、右承諾義務違反行為があつた場合にも給水契約が成立したということはできず、ただ承諾義務違反行為につき公法的制裁や不法行為による責任が生ずるだけだとの考え方もありえようが、それでは国民は水道事業者が承諾するまでの間生活必需品である水の供給を受けられないか、あるいは迂遠な手段によりこれを求めることができるにすぎず、その生存権的基本権は侵害され、回復不可能な損害を被る可能性が大であると考えられるので、かかる見解は採り得ないものである。

したがつて、給水契約は成立しておらず申請人は給水請求権を取得していないとの被申請人の反論は理由がない。

七本件仮処分の必要性

本件建物が昭和五〇年一一月二六日当時九五パーセント程度完成していたことは前記のとおりであり、疎明によれば本件建物のうち分譲マンション一三戸については既に第三者との間に売買契約が締結され、入居期限が同年一二月一〇日と定められている契約もあること、入居予定者のうちには現住居の明渡期限を右入居日である同年一二月一〇日までと定められている者もあるここと、本件建物の建築費用は約一億円、本件建物敷地の取得費は約六〇〇〇万円であるところ、現在マンション購入者からの未収金が一億二〇〇〇万円あり、それらの未収金はマンションの引渡しと引換に支払うこととと定められているため、本件建物に給水されず引渡しができない場合には右未収金を入金できず、さらに契約不履行の責任等により申請人は財政的に倒産に至る可能性もあること、本件建物のため水道施設を設置するために要する費用および右設置した水道施設を撤去するために要する費用はいずれも約一〇万円であることの各事実が一応認められ、右認定を覆えすに足りる疎明はない。

以上認定した各事実によれば、本件仮処分は必要性があると認めるべきである。なお、前記のとおり本件仮処分申請のうち申請人が被申請人に対し公共下水道使用の承認を求める部分は理由がないと判断しており、公共下水道が使用できなければ結局公営水道の使用が認められたとしても仮処分の必要性はないのではないかとの疑問も生ずるが、右判断は被申請人の公共下水道の使用を制限ないし妨害することを許容して申請を理由なしと判断したものではないから、右必要性判断の資料とすることは相当でないというべきである。

八補助参加の許否について

補助参加が適法であるためには、補助参加人が訴訟の結果(主文のにおける訴訟物自体に関する判断の結果)につき法律上の利害関係を有することを要し、訴訟の結果につき事実上の利害関係を有しあるいは理由中の判断によつて直接間接に法律上不利益を受けるという程度では足りないと解するのが相当であるところ、本件仮処分申請事件は単に建築された本件建物につき水の供給を求め、公共下水道使用の承諾を求めるものであつて、同事件の結果如何によつて申請人に本件建物の収去義務等が生ずるものではないから、同事件の結果と参加人らの日照被害等との間に右の意味での利害関係があるとは到底認められない。

したがつて、本件各補助参加申出はいずれもその要件を欠き許されないと認めるのが相当である。

九結論

よつて、本件仮処分申請中、申請人が被申請人に対し本件建物につき仮に水道事業による水の供給を求める部分は正当であるから申請人が保証として本決定告知の日より一〇日以内に金二〇万円またはこれに相当する有価証券を供託することを条件としてこれを認容し、その余の部分ならびに参加人らの本件各補助参加申出はいずれも理由がないからこれを却下し、申請費用中申請人と被申請人との間に生じた部分につき民事訴訟法九二条を、参加人らと申請人との間に生じた部分につき同法九四条、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。

(吉村俊一)

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例